こんばんは
十愛です。
ここ何ヶ月か
改めて
私が皆さんにお伝え出来るもの、
皆さんがchanceにアクセスしてくれたからこそ
受けとることができる何かが無いと
発信する意味も
サービスを提供する意味もないよなあって思いながら
色々と振り返りつつ、
まとまってきたものについて
書いていきたいと思います。
大きく言うと
視点と体験の豊富さ
これが私の売りでございます。
具体的な細かい範囲から言いますと、
まずは、仕事という分野。
勤務していた頃だと、
新人から入っての部下という立場、
そこから何年かして中間の立ち位置になり
独立して、
人を雇う経験をしたときには
上司や長という立場を体験したので
新人から見たらこんな上司やトップだったらいいなあという気持ち
それから、トップや中間的立場から見たらこんな新人の方や
従業員の方だったら感じがいいなという気持ち
と
多様なステージから見た、
その人らしい感じの良いファッションや髪型メイク
をお伝え出来るのかなと。
プライベートだと
例えば、
子育てという体験から
実際の時間の経過と
子育てから感じる精神疲労からくる時間の経過の感覚には
誤差があって、
この誤差が
例えば働いていないのに申し訳ないと思ってしまうお母さんの気持ちを生んでしまったり、
また、周りや家族も
子どものことや家事は家にいて時間があるんだからして当然
みたいな感覚を押し付けていたりする。
あと、
子どもにまだ手がかかるので、参加できない
という文言に対して、
やる気がないとか、
行動しないみたいに捉えられていたり、
書かれているのを目にすることもあるのですが、
こういったものを見たりすると
一方的で
浅はかな意見だなと思っちゃいます(;´▽`A``
いやいや、子育ての精神疲労から
通常の30%以上は脳の疲労を感じているからね、
、
そこにやる気を注いじゃうとキャパ越えちゃうこともあるからさぁ、
防御システムが働くのは生命として自然なこと、
だから、
防御しなくて済むように
ねぎらうような形で
促してあげたらいいんじゃないの?
って思うんですよ。
やみくもに否定しないでって思う。
そう、
私は子育てを体験してみて
理論と感情のジレンマ
理屈だけでは超えられない矛盾を
どのように解いていくかをちゃんと考えることも
大事だよねって思うようになったんですね。
なので、
セッションだったら、
似合うの理論と
実際に自分が思っている感情のところとを
ちゃんと比較しながら
何をどうしたいかを確認していくことをしています。
コンピューターで
どうしても解けない矛盾みたいなものを解こうとすると
回路が破綻しちゃうみたいな感じでね、
一方向だけの意見を言っちゃってると
人間的な部分も破綻しちゃうよーって言いたくなりますねー。
熟慮しないで否定するのは好ましくないですし、
あと、
相手を下げて自分を上げる人ってのもどうなのかな?って思うんですよ。
○○診断だと、着こなしはおしゃれになれない
とか、
似合うは顔だ!骨格診断はダメだみたいにね・・・。
いやいや、違うっしょ
どうしてそうなんだろう・・・。
しかも、駄目だと言っている理由が
非理論的なのに、
○○は理論として間違っているとか記されていて
下げようとしているのを見ると
ちょっと笑ってしまいます。
自分を上げれば
自分のやっているものの精度を上げてやれば
別に相手を下げなくても大丈夫ですよね?
ちょっと話がそれてしまいましたが
熟慮して、自分本体の精度を上げていくことが
受けた診断を活用デキる力に繋がるんですよ
知るだけから、
活用デキるに変わる思考のポイント
これも私がお伝えできるものの強みなのかな
いやー
書いていると
どんどん出てくるもんですねー
はい、
長く長く
とても長くなりそうなので、
今日はこの辺で一旦終わりたいと思います
ではでは、皆さん
最後まで読んで頂きありがとうございました。
また追加などまとまりましたら
次回以降お届けしたいと思います。